ピースナイター2018

ピースナイター2018は終了しました。ご来場ありがとうございました。
ピースナイター2018の動画ができました!ぜひご覧ください。
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主催:生協ひろしま 広島東洋カープ 中国新聞社 (公財)広島平和文化センター 広島電鉄 中国放送

History of Peace Nighter

ピースナイターは2008年8月に旧広島市民球場において「折り鶴ナイター」の名称で初めて開催されました。

きっかけは「カープの試合で平和のイベントをすれば、
たくさんの人に平和をアピールできるのでは」というある職員の発案でした。

カープ球団に協力いただき、今では広島から平和をアピールするイベントとして定着しています。

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2008年8月26日

「折りづるナイター」
広島東洋カープ VS ヤクルトスワローズ

旧市民球場で「折りづるナイター」を初開催。
2020年までに核兵器廃絶を目指す、広島首長会議のイメージカラーである緑色のポスターを観客で掲げ、平和への願いをアピールしました。

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    広島復興のシンボル、旧市民球場のスタンドを緑色に染め、球場から平和と核兵器廃絶の願いを発信。

  • 2008年 画像

    球場の外では核兵器禁止条約早期締結を求める署名活動が行われ3,721筆の署名が集まりました。

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2009年9月15日

ピースナイター2009
広島東洋カープ VS 中日ドラゴンズ

新球場「マツダスタジアム」に場所を移して開催。
原爆ドームと同じ高さ(25m)の内野自由席に白いポスターを掲げピースラインをつくり、被爆の象徴である原爆ドームとすぐ横にあった復興のシンボル旧市民球場をつなげる事で平和の尊さと核兵器の廃絶をアピール。

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    生協ひろしまの組合員さんから公募で選ばれた2名のお子さんが始球式を行いました。

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    5回の裏には高校生によるグランドパフォーマンスも行なわれ、球場一体となって平和への願いを発信しました。

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2010年8月5日

ピースナイター2010
広島東洋カープ VS 横浜ベイスターズ

今回から内野自由席に配布しているピースラインのポスターを広島復興の象徴である広島東洋カープをイメージした赤色に変更しました。

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    昨年に続き組合員さんから公募を行い、ヒロシマの願いを「継承」していく小学生が始球式を行いました。

  • 2010年 画像

    5回の裏、ジョンレノンの「イマジン」に合わせ、観客全員でポスターを掲げ平和への願いを発信。緑の染まった球場に赤いピースラインが鮮やかに浮かび上がりました。

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2011年8月5日

ピースナイター2011
広島東洋カープ VS 読売ジャイアンツ

被爆地ヒロシマの願いをアピールするとともに、東日本大震災の復興を願い開催。
漫画「はだしのゲン」の作者故中沢啓治さんが始球式を行いました。
翌日6日の原爆記念日には53年ぶりとなる公式戦が行われました。

  • 2011年 画像

    「うれしゅーていけん」と言いながらマウンドに上がった漫画「はだしのゲン」の作者で故中沢啓治さん。6歳で被爆、家族も家も失い、焦土と化した広島で生きた中沢さんにとってカープは希望、野球は生きる活力だったそうです。

  • 2011年 画像

    被爆5年後に誕生したカープ。中沢さんはその喜びを漫画「カープ誕生物語」に書きました。マツダスタジアムの外周の一角にその喜びを刻む「カープ誕生物語像」が建っています。

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2012年8月5日

ピースナイター2012
広島東洋カープ VS 阪神タイガース

被爆から67年、5回目の開催となったピースナイターは広島から平和を願うイベントとして定着。
始球式は5歳で被爆、姉を原爆でなくした元プロ野球選手、張本勲さんが行いました。

  • 2012年 画像

    平和への願いを込めて1球を投じる張本さん。

  • 2012年 画像

    5回の裏、ファンの垣根を超えて球場全体で平和をアピール。

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2013年8月6日

ピースナイター2013
広島東洋カープ VS 阪神タイガース

原爆の日の8月6日に開催。被爆2世でミュージシャン、俳優の吉川晃司さんが古里広島で始球式を行いました。

  • 2013年 画像

    5回の裏終了後、被爆ピアノの伴奏でジョンレノンの「イマジン」を独唱する吉川晃司さん。

  • 2013年 画像

    この年、広島・福島・静岡の3球場で行われたセリーグ公式戦がピース・復興ナイターとして開催されました。平和と復興への思いが野球を通じて全国に広がりました。写真は福島で行なわれたピースナイターの様子。

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2014年7月30日

ピースナイター2014
広島東洋カープ VS 中日ドラゴンズ

始球式は万年Bクラスのカープを支えてきた地元出身の強打者、故山本一義さんが行いました。
山本さんは7歳の時に被爆。1960年にカープに入団。
原爆の投下から懸命に復興に立ち向かった人々の心の支えがカープである事を選手としてもひしひしと感じたそうです。

  • 2014年 画像

    「平和だから野球ができる。」原爆で亡くなられた方の無念を思い、復興に立ち向かって人々に感謝を込めて一投する山本さん。

  • 2014年 画像

    始球式後の取材に応える山本さん「平和をアピールするためにもカープは勝たんといけん」山本さんの平和とカープへの思いが伝わってきました。

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2015年8月5日

ピースナイター2015
広島東洋カープ VS 阪神タイガース

被爆から70年、8回目となるピースナイターを開催。
母と祖母が被爆。原爆投下3年後に生まれた、世界で活躍するプリマバレリーナ森下洋子さんが始球式を務めました。

  • 2015年 画像

    「カープは広島県民の大きな励み。私も平和を祈りながら踊り続けていきたい。」バレーのコスチュームにカープのユニホームをまとい、始球式を行った森下さん。

  • 2015年 画像

    5回の裏終了後、自ら綴った平和への祈りと古里広島への感謝の思いを読む森下さん。

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2016年8月6日

ピースナイター2016
広島東洋カープ VS 読売ジャイアンツ

被爆から71年、被爆者の高齢化が進み、被爆の実相を受け継ぎ伝えていくことが課題となっています。
9回目となるピースナイターでは被爆者の記憶を受け継ぎ、継承活動を行う「被爆体験伝承者」一期生の保田麻友さんが始球式を務めました。

  • 2016年 画像

    「平和について何かを考えるきっかけになってほしい」保田さんは被爆者から受け継いだ被爆体験を次の世代に伝える講和やワークショップを開いています。

  • 2016年 画像

    マツダスタジアムの各入場口で平和の大切さをアピールしながらピースナイター新聞を配る高校生ボランティアの皆さん。

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2017年8月2日

ピースナイター2017
広島東洋カープ VS 阪神タイガース

球場から平和と核兵器廃絶を発信する「ピースナイター」が10年目の節目を迎えました。
始球式は廿日市市生まれで被爆2世の歌手、高橋真梨子さんが務めました。

  • 2017年 画像

    「私にできるのは歌を歌うこと。歌を聴いた人に幸せにを感じてもらい笑顔になってもらうこと。それが平和を願う気持ち、平和の道筋になると私は信じています。」平和への思いを込めて笑顔で一投する高橋真梨子さん。

  • 2017年 画像

    県内12万筆を目標にピースナイター新聞で核兵器を廃絶に向けた「ヒバクシャ国際署名」を呼び掛けを行いました。

    ヒバクシャ国際署名にご協力お願いいたします。
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